はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

ヒナ田舎へ行く ブログトップ
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ヒナ田舎へ行く 260 [ヒナ田舎へ行く]

やっぱり話を聞いたんだ。

ブルーノから?それともカイルから?

こっちは開き直っているから何も恐くない。さあ、こい!

ダンはふてぶてしささえ漂う態度で、スペンサーをまっすぐに見返した。

「ウォーターズと知り合いだとかいう嘘はもういい」スペンサーは手の平をひらりと振って、ダンの言葉を一蹴した。

「なんですって?」ダンはわけがわからず聞き返した。旦那様の失言でヒナとウォーターズ、はたまたクロフト卿が知り合いだとばれてしまったあの話ではないの?嘘ってどういうこと?

「ウォーターズなんか存在しない。あいつはお前の主人なんだろう?ジャスティン・バーンズ。ヒナの保護者だ」

勝ち誇ったようなスペンサーの顔つきが気に入らないのはさておき、全部ばれてるー!!

「ど、どうして、どこでそんな、何を言って……」僕こそ何を言っているのだろう。

ダンはめまいを覚え、頭をくにゃりとうしろへ傾げた。詰め物たっぷりの椅子の背が優しく受け止める。

「親父に事情を聞いた。だからもう無理して嘘を吐かなくていい。少なくとも俺の前では」

「ヒューに?スペンサーだけに?」結局ブルーノには秘密にしなきゃいけないって事?

「そうだ。親父は俺だけに秘密を打ち明けた。状況が混乱してきたからな」スペンサーは的確にダンの問い掛けに応じた。もちろんダンが口にした部分だけ。

「クロフト卿がいらっしゃったからですか?」混乱の原因はあの人しかいない。ヒナも旦那様も大騒ぎで、しかもあのエヴァンまでやって来たのだ。これを混乱と言わずしてなんと言う?

「それもあるだろうな」スペンサーはいとも容易くダンの考えを肯定すると、時間を気にして壁掛け時計に目を向けた。

だからって、そんなにあっさりと喋っちゃうなんて!

ダンは憤った。これまで秘密だって言うから、ヒナとあれこれ頑張ってきたっていうのに。出来る従僕に良い子ちゃん。僕は持ち前の才能を発揮するだけでよかったけど、ヒナの演技はひどいものだった。

「ヒューは他に何か言っていましたか?旦那様のこと以外で」たとえば、ヒナが伯爵の孫だってこと、ヒナが両親に会うためにここにきたってことは?

「どれだけ秘密があるのかは知らないが、そもそもヒナがここへ来ることになった経緯は聞いた。

「ああ、では――」本当にすべて知ってしまったのだ。

「いま思えば、ヒナをひどい目に合わせていなくて本当によかったと思うよ。だがそれは、伯爵の望みとは違うよな?」

「ええ。どうしてだか伯爵はヒナに意地悪をしたいようで、僕がここにいると知ったらさぞお怒りになるでしょうね」

それだけで済めばいいけど。

ダンはこれからやって来る代理人の事を思って、気が滅入った。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 261 [ヒナ田舎へ行く]

これでブルーノの一歩先を行ったはず。

スペンサーは勝利の笑みをこぼした。が、ヒナのことを気に病むダンの手前、かろうじて口の端を軽く上げるだけにとどめた。

「これからどうしたらいいのでしょう?伯爵はヒナをここに閉じこめておくつもりではないかと、僕は疑っているんです」ダンは誰にも明かしたことのない本音を漏らした。

「なぜだ?そんなことをして何の意味がある?」スペンサーは訊ねた。聞かされていない事情がまだあるというのか?

「わかりませんけど、隠しておきたいんだと思います。ヒナの両親、というよりもレディ・アンのことを。父親に逆らって駆け落ちして、この国を出たなんて、誰にも知られたくないに違いありません。だからヒナにも会おうとしないんですよ。ランドル公爵と約束したはずなのに。ヒナを孫だと認めるって」

「ちょ、ちょっとまて」スペンサーはダンの口からぽろぽろとこぼれ落ちる情報の数々を、ひとまず堰き止めるように両手を前に突きだした。

「え、なんですか?」ダンはぽかんとした様子で次の言葉を飲み込んだ。

どこからどう指摘していいのやら。駆け落ち?ヒナを孫だと認めない?公爵まで巻き込んで、いったいどうなっているんだ?親父はただ、ラドフォード伯爵の孫であるヒナが、亡くなった両親の墓参りに来たとしか言わなかった。ヒナの父親も亡くなっていたのには衝撃を受けたが、それ以上に驚いたのは、二人がこの土地に埋葬されていることだ。

そんな話は聞いたことなかったし、例えそうだったとしても、ヒナが屋敷から出られないのではどうしようもない。

「ランドル公爵というのは、お前の主人の父親だよな?」ひとまず至極当然のことを確認した。

「ええ、そうです」ダンは当たり前じゃないですか、というような顔をした。「せっかくランフォード公爵もお力添えをして下さったのに」と、ひとりごち、はぁっと溜息を吐いた。

ランフォード公爵?

いったい何人の公爵を味方につけているんだ?ヒナは。

「伯爵の考えは代理人が来れば少しは分かるだろう。言い訳がましいが、俺たちは本当に何も知らずにいたんだ。まぁ、他の二人は知らないままということにはなるが」そう思うと愉快でたまらなかった。

「ええ、それは分かっています。僕を追い出そうとしたのだって、悪気はなかったんだって」冗談ぽく言う。

ダンのやつ、案外根に持っているな。でもまあ、手酷く扱ったわけだし、額の傷が完全に消えるまではダンにはあれこれ文句を言う資格はある。

「追い出すのをすぐにやめてよかったよ」

ダンがいない日々を思うだけで、例えようのない焦燥感が胸を襲った。これは非常にまずい。考えただけでこれほどの衝撃だ。実際にいなくなったら、ダンを追いかけて自分の役目を放り出しかねない。そうなったら、まずいどころの話ではない。

だからこそ、ブルーノに先んじてダンをものにする必要がある。欲望を満たせば、きっとダンへの妙な執着も薄らぐだろう。そうすれば、ダンが元の場所へ戻ったとしても、こちらは痛くもかゆくもない。きっとそのはず。

だが、現時点でそう言いきれるほどの自信はほとんどなかった。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 262 [ヒナ田舎へ行く]

すっきりとした気分で部屋に戻ったダンは、やけに窮屈に感じられる上着を脱いで丁寧に椅子の背にひっかけると、思いっきり伸びをした。背中の骨だか関節だかがぽきぽきと鳴った。

思っていたよりも緊張していたのかもしれない。ダンは首をぐるりと回した。

「わぁ!どうしたんです?」

不貞寝から目覚めたヒナが、二人の部屋を隔てるドアの隙間からぼんやりとこちらを見ていた。シャツ一枚の姿で、もちろん裸足だ。

「びっくりするじゃないですか」ダンはドキドキを誤魔化すように大きな声で言うと、ドアまで行って、ヒナを押し戻すようにして向こうの部屋に入った。

「いま起きたとこ」ヒナは言うと、ダンにくしゃくしゃの頭を見せた。「リボンが消えた」

消えたリボンは、なぜかヒナの靴下に絡まった状態でベッドの下に落ちていた。

ダンはそれらを回収し、ヒナをベッドの端に座らせた。

「新しいのをお持ちしますのでここで待っていてくださいね」

「はーい」ヒナはあくび混じりに返事をすると、こてんとベッドに横になった。

やれやれ。まだ寝足りないのだろうか?

ダンは衣装棚から新しい靴下と晩餐用の衣装を取って、ヒナの元に戻った。

ヒナは目を閉じていた。眠っているのか、ただそうしているのかは分からないが、ダンはいつものように粛々と支度を始めた。

それでもヒナに聞いて欲しいことが山のようにあったので、ダンはヒナが起きていようが眠っていようがお構いなしで喋り始めた。

「先ほど、スペンサーと話をしてきました」

「しゅぺん……しゃ」

「ええ、スペンサーです。ヒナの事も旦那様の事も全部ばれてしまいました。と言っても、ヒューが喋っちゃったみたいなんですけどね。これで味方が一人増えましたよ」

ダンはヒナを起き上がらせると、新しいシャツに着せ替えた。鳥の巣みたいな頭は後回しだ。

「ほんとうに味方?」ヒナが目を開けた。

「これまでだって味方だったでしょう?」ダンは跪き、ヒナの足に靴下を履かせた。

「でもばれたらいけないって、おじいちゃんに知られたら大変なことになるんでしょ?」ヒナはすっかり目覚めたようだ。

「だから伯爵には知られないようにしなければいけません。つまり、代理人にばれてはいけないのです。だからこそ、スペンサーの協力が必要なんですよ」

「スペンサーはダンの為にそうするんでしょ?」ヒナは意味ありげに笑って小首を傾げた。

「ヒナの為です」ダンはきっぱりと言い、ヒナを後ろに倒してズボンを穿かせた。

「そうかなぁ……」ヒナは寝転がったままぽそりと言った。

「それはそうと、ブルーノにひどく責められたんですよ。僕が嘘を吐いていたって。本当の事を言ってしまいたかったんですけど、ヒューがスペンサーだけに秘密を打ち明けたところを見ると、やはり言うべきではないのでしょうね?ヒナはどう思いますか?」

「わかんない」ヒナは素っ気なく言い、ダンに手を差し出した。「ジュスに聞いたら?」

ダンはその手を掴んでヒナを起こすと、ブルーノの事を思った。気持ちとしてはブルーノにもすべてを知っていて欲しいけど、やはり旦那様の許可なく僕の口から秘密を打ち明けることは出来ない。

ヒューに確認を取ってみようか?ヒューがいいと言えば、旦那様の許可がなくても別にかまわないはず。明日にでも旦那様に報告すればそれで事足りる。

でもやはり、勝手な行動は慎むべきだろう。

ダンの頭の中は堂々巡りを繰り返し、結局は余計なことは口にしないことで決着をした。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 263 [ヒナ田舎へ行く]

「やあ、ヒナ。支度中悪いけど、代理人が来たようだ。僕は呼ばれるまで顔を出す気はないけど、ヒナはどうする?」

髪を綺麗に結ってもらったヒナは、顎先を少し上げた直立不動状態で部屋の中央に立っていた。パーシヴァルに声を掛けられたが、少しでも動けばダンの叱責が飛んでくる。言わずもがなのクラヴァット結びの最中だ。

「じゃあ、ヒナも行かない。ダンはどうする?」目覚めたばかりであまり動きたくないのだ。

「僕も行きませんよ。きっと姿を見せない方がいいでしょうし」ダンはちらりとパーシヴァルを見た。途端に気もそぞろになる。

「まあ、そうだな。いざとなったら僕の力でどうにかなるけど、まずは様子を見なきゃな」パーシヴァルは優雅な足取りで部屋に入ると、ダンに向かってチッチと舌を鳴らした。「ああ、ダン。手は止めなくてもいいぞ」

「いいえ、クロフト卿。とてもステキな結び目ですね。エヴァンが?」ダンは最後のひと締めをすると、パーシヴァルのクラヴァットに釘付けになった。

「エヴァ……まさか!」パーシヴァルは、愛想の欠片もないエヴァンに首を絞められるのを想像して、思わずぞっとした。「これは僕が自分で結んだんだ。いいだろう?これならジェームズも喜んで結ばせてくれると思うんだけど、どう思う?ヒナ」

「ジャムはそんなごてごてしたのしないよ」ヒナは紳士特有の美というものには無関心だ。シャツ一枚あれば十分。

「ヒナッ!」ダンは無礼なヒナに目を剥いた。

「ごてごて?傷つくなぁ……まぁ、いいや。ジェームズはなにも身につけていない方が魅力的だからね」パーシヴァルはさほど傷ついたふうでもなく、満面の笑みをダンに向けた。

あからさまな告白にダンは顔を赤くした。おそらくはジェームズの裸を想像してしまったためだ。

ヒナは単純にきゃっきゃと喜んだ。

「ところで、やっぱり気になるから内緒で様子を見に行かないか?こっそり覗ける場所くらいあるんだろう?」

「どこをのぞくの?」ヒナが訊ねる。

「書斎辺りかな?」パーシヴァルが見当をつける。

ダンは頭に叩き込んである屋敷の見取り図を引っ張り出した。「だったら南東側から降りれば、隣の図書室に誰に気付かれずに入れますよ。書斎とは続き部屋になっているので、盗み聞きは出来るはずです」

「さすがだな」パーシヴァルは尊敬のまなざしをダンに向けた。出来る男はタイプでなくとも尊敬に値する。

「これもジェームズ様のおかげです」ダンは手柄をジェームズに譲った。

パーシヴァルは子供のように目を輝かせ、「そうだと思った!」とはしゃぎ声をあげた。

「ヒナも!」ヒナもつられた。

「では、行きましょうか」ダンは冷静に割って入り、二人を従え階下へ向かった。

こっそり盗み聞きできればいいのだが。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 264 [ヒナ田舎へ行く]

「ダン、開いていないぞ」

書斎に続くドアを見ながら、パーシヴァルが憤慨して言った。

そううまい具合に盗み聞きのお膳立てがされていると思ったら大間違いだ。

「ヒナが開けてあげようか?」いつの間にか最後尾に追いやられていたヒナが、小回りのきく身体で前に出てきて、ドアノブに手を掛けた。

「ダメダメ!ギッって鳴ったらどうするんだ?」パーシヴァルは慌ててヒナの手を止めた。

「鳴らないよ」ヒナはつんと顎先を上げ得意げに答えた。パーシヴァルの手の下で、手首をくいとひねる。

ドアは音も立てずに開いた。都合よく、三人が目を耳を挟み込むには十分な隙間だけ。

「むむ。ヒナは盗み聞きの常習犯のようだな」

「じょうしゅうはん?」

「慣れているってことさ」

三人は背の高い順に耳やら目やらを差し入れ、書斎の様子をうかがった。

まず、聞こえてきたのはスペンサーの声だった。

「まさかこんな時間にいらっしゃると思わなかったもので」

「ああぁ、すみません。本当にすみません。何もなければ午前中には伺えたのですが、馬車が……まぁこんなことを言っては言い訳になりますけど、車軸がポキンとやられてしまってですね、結局は町へ引き返す羽目に」

スペンサーの陰に隠れ姿の見えない代理人は、どうにも頼りなさげでよく喋る男のようだ。

「それにしても、替えの馬車くらいあったでしょうに」相手が弱いと察知したのか、スペンサーは強気の口調で続けた。

「ええ、ええ、その通りです。これを話すと長くなってしまいますが、実はですね――」と長話を始めようとした代理人だが、スペンサーにあえなく遮られてしまった。

「長くなるのなら結構です。どうぞお座りください」

スペンサーがヒナたちから見えやすい位置に代理人を誘導するのが見えた。覗き見一同は興奮した。

「あ、ああ、そうですか」代理人は至極残念そうにつぶやきながら、大きなソファに身体をちぢこませながら座った。

代理人は想像していたよりも若く小柄で、眼鏡を掛けていた。

ヒナは興味津々でその眼鏡を見つめた。

「それで、本日こちらへいらっしゃった用向きを伺ってもよろしいでしょうか?」スペンサーが迷惑そうに訊ねる。

「ええ、もちろんです。用件はいくつかございますが、ええっと。ちょっとお待ちください。手帳を……」

ガサガサ、ドサッと鞄がソファからすべり落ちる音がした。

「すみません、引き継ぎが中途半端なままここへ来たものですから」代理人が言い訳がましく言う。

「前の方はどうされたんですか?」

「クロフツさんですか?実はちょっと体調を崩していまして、長旅は身体に障るというので僕が代理を任されたというわけです」

ということは、代理人の代理人だ。

「そうですか、で、あなたのお名前は?伯爵の使いの者だとしか聞いていませんが?」

「わぁ。すみませんっ!わたしとしたことが、最初に名乗るべきでした。ルーク・バターフィールドと申します」

「ばたーふぃるどだって!」ヒナが初めて聞く名に興奮する。これではドアの向こうの二人に気付かれてしまう。

「シッ!」と、パーシヴァルが息を吐き出すと同時に、ダンがヒナの口を抑えていた。

盗み聞きの作法をまったく心得ていないヒナは、ふがふがとひと暴れし、ダンに引きずられるようにして戸口から遠ざけられた。

その間にも、スペンサーと代理人ルークの会話は続く。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 265 [ヒナ田舎へ行く]

スペンサーはルーク・バターフィールドという男を胡散臭げに見つめ、背後でドアの隙間からこそこそと盗み見している連中が面倒を起こさないか神経を尖らせていた。

連中はヒナを筆頭とした数名からなる集団と思われる。その中にはダンも混じっているだろうが、まさか親父はいないだろうな?

「実はですね、伯爵が報告書の中身に満足されていないようで、様子を見に来たというわけです。つきましては、いくつか質問させてもらうのと、邸内をちょっとだけ拝見させていただきます」

「こちらとしては断る理由はありません」

この屋敷も調度品も何もかも伯爵のものだ。代理人がどの部屋を見ようが、調度品の一部を売却すると言い出そうが、文句を言う筋合いはない。だが、好きにさせると思ったら大間違いだ。

「これが委任状です」

スペンサーはバターフィールドが差し出す委任状を受け取り、中身を確かめた。

当然、伯爵が委任した相手はクロフツ。

バターフィールドは本当に代理人の代理人なのか、スペンサーは眉を顰めずにはいられなかった。クロフツに比べると、手際が悪すぎる。が、こちらとしては願ったり叶ったりだ。

「それと、調査の間、こちらに滞在させていただきたいのですが……」バターフィールドは足元に置いた事務鞄とは別の荷物にこれ見よがしの視線を送りながら、遠慮がちに付け加えた。

背後でヒナのきゃっという声が聞こえた。スペンサーは慌てて咳ばらいをした。

「こほんっ!クロフツさんがこちらに来られたときは、宿をお取りになっていましたが」

「ええ、それは承知しています。でも、それってとても不便だと思いませんか?ああ、すみません。こんな不躾なことを言ってしまって。一応、伯爵の許可は頂いているんですよ。クロフツさんの時もそうでした。けど、クロフツさんは宿の方が気兼ねしなくていいからと、それって経費の無駄ですよね?」

気の休まらないもてなししか出来なくて悪かったな。スペンサーは内心毒づき、顔を引き攣らせながら頷いた。

この手の男には下手な反論は無益だ。適当に聞き流しておくのが賢いやり方だ。

「部屋は用意します」

「わぁ。ありがとうございますっ!」バターフィールドは白い歯を見せて笑った。

眼鏡の奥の瞳は飴色か琥珀色か。スペンサーはじっと目を凝らしながら話を続けた。「ヒナに会いますか?」琥珀だな。では歳は?

「ヒナ?」

「ああ、いや。カナデさまに話を聞きますか?」ブルーノと同じくらいか?どう見ても、まだ事務所に入りたての下っ端弁護士か事務係と言ったところだ。

「ええ、もちろんそうします」バターフィールドは張り切って答えた。「――あとで」と言葉は続いていたのだが、時すでに遅し。

ヒナが図書室から飛び出していた。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 266 [ヒナ田舎へ行く]

バターフィールド家は由緒正しき家柄である。

長い歴史の中で爵位こそ持たないものの、代々受け継いだ広大で肥沃な土地のおかげでかなりの資産家だ。さらには現当主は資産の増やし方を十二分に心得ており、その妻は伯爵家の出で、こちらもかなりの資産を有している。

ルークは四人兄弟の三男という中途半端な位置づけもあって、早々に家を出て独立し、いまはクロフツの元で事務弁護士をしている。

伯爵の命でラドフォード館を訪れたのは、単に調査だけのためではなく監視を任されたからだ。伯爵の指示通り、コヒナタカナデがここでの義務を果たしているのか。

それは追い追い確かめるつもりだったが、ひとまず監視対象者と対面しておくのも悪くはないだろう。なにせ、そうするしかない状況なのだ。

コヒナタカナデは、今まさに目の前にいる。

意表を突かれたルークはあたふたと立ち上がって、挨拶がてらぺこりと頭を下げた。想像していたよりも、小さくて可愛らしい。それが第一印象だ。

「こんにちは、バタフィフドさん。ぼくは小日向奏と言います。ヒナって呼んでください」

「バターフィールドです」ルークはやんわりとヒナの間違いを訂正した。そう難しい名前でもないのに、全然違う人間になったみたい。フィフドって!

「眼鏡が落ちたよ」ヒナがルークの足元を指さして言う。

頭を下げた拍子に落としたのだ。どうりでぼんやりとしかヒナの姿が見えなくなったと思った。足元を見るが、眼鏡と自分の足との区別がつかない。適当に手を探って何とか眼鏡を拾い上げた。

「ありがとうございます。でも、どうしてヒナと言うんですか?」ルークは眼鏡を元の位置に戻しながら疑問を口にした。気になることはすぐにでも確かめずにはいられない性質だ。

ヒナは首を傾げた。「ジュスがつけてくれたから」

はぁ……?ジュス?

なんのことだかさっぱりだったが、ルークは知ったかぶりをすることにした。

「ああ、そうなんですね」そう言って、スペンサー・ロスに助けを求めるような視線を送った。

スペンサーは黙って座ったまま。ヒナを紹介する気も、ヒナに僕を紹介する気もないようだ。あれ?どうしてヒナは僕の名前を知っているのだろう?

ルークはひとまず腰をおろした。

ヒナはスペンサーの隣に並んで座った。スペンサーがじろりとヒナを睨む。

なぜ睨む?

また疑問が。

とりあえず当たり障りのない質問をいくつかして、ここはやり過ごそう。本当の仕事はこのあと始まるのだから。

秘密裏に監視し報告書を書く。滞在期間は未定。出来れば二,三日でお暇したいものだ。枕が変わると寝付けない性質だ。

「こちらでの暮らしはいかがですか?」

つづく


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ヒナ田舎へ行く 267 [ヒナ田舎へ行く]

「ヒナはじゅうごさい。フィフドさんは?」

「フィールドです。二十四歳です」

いつの間にかヒナが質問する側に取って代わっていた。しかもバターフィールドが何度訂正しても、ヒナはフィフドと言ってしまう。

そもそもヒナはバターフィールドと呼ぶ気があるのかどうかも疑わしい。バターはどこへ行った?

スペンサーは二十四歳だと言い張るバターフィールドをじっくりと眺めた。ヒナのおかげでこちらの存在はすっかり忘れ去られているので、見放題だ。

無造作に撫でつけられた黒っぽい髪はゆるやかに波打ち、襟足にまで伸びている。ヒナのようにリボンで結んだら、ウサギのしっぽほどにはなるだろう。想像すると笑いがこみ上げてきた。

瞳は琥珀で間違いない。さっき眼鏡を落としたときに確認した。やや緑がかった、不思議な色合い。知的さは一切伺えないが、それでも弁護士だ。

それにしても眼鏡を落としても気付かないとは、どれだけ鈍いんだ?それとも、わざと愚鈍に見せて油断させようって腹積もりか。

「ヒナ、ひとりでいい子にしてるよ。甘いパンも焼きたてのスコンも食べてないし、特製のココアだって飲んでないもん」

ヒナが急にいい子ちゃんの演技を始めた。白々しさいっぱいの。

ダンの指図か?それともドアの隙間から、今まさに指示しているのか?

「ああっ!焼きたてのスコーンいいですねぇ~。僕、大好物なんですよ。クロテッドクリームたっぷり――想像しただけでよだれが」

「ヒナははちみつとホイップたっぷりが好き」

「わお。それもいいですね」バターフィールドは両手を叩き合わせ、ヒナに同調した。

「でしょ」ヒナはすっかり演技を忘れ、にっこりとした。で、思い出したように口をすぼめた。「でも、ここはカチカチパンしかないから」と暗い顔をする。

「ええっ!そうなんですか?毎朝パンの配達があるって聞いてたんですけど」

「ノッティが持ってくるよ。カチカチパン……」ヒナは目を伏せ、嘘くさい嘘を吐く。

バターフィールドはショックを受けがっくりとうなだれた。眼鏡が鼻先にずり落ちる。

ヒナ同様食い意地の張った奴なのか、ヒナに合わせて演技しているのか。

「トースト用のパンも毎朝届きます」スペンサーはたまらず口を挟んだ。カチカチのパンしか食卓に上らないと思われたくない。まあ、どうせ明日の朝にはわかることだが。

「フィフドさんのはないかも」

ヒナもなかなか意地が悪い。スペンサーはニヤリとした。

「フィールドです。まぁ、仕方がないですよね。前もってきちんとお知らせしておかなかった僕が悪いんですから」

まったくだ。訪問の知らせは前日に受けたが、まさか滞在するとは思いもよらなかった。

知らせを持ち込んだ親父も、これは予想していなかったはず。

だが、これが伯爵の手口だ。

あとはただ、目の前の一見間抜けな男がどれほど猫をかぶっているのかが問題。見た目通り間抜けなら幸い。すべてが計算し尽くされた演技なら、ヒナのここでの生活は終いとなる。

つまり、ダンもここを去るという事だ。

そうなっては困るからこそ、この男の扱いは慎重にならなければいけない。

そろそろ、ヒナの口を閉じさせなければ。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 268 [ヒナ田舎へ行く]

まだ話し足りないヒナを振り切り、スペンサーはバターフィールドを連れて書斎を出た。ひとまず部屋へ案内し、ブルーノとダンを交え(クロフト卿も忘れてはいけない)話し合う時間を稼ぐためだ。

廊下の向こうにヒューバートが見えた。

スペンサーはもの問いたげに父親を睨んだ。

ヒューバートはさっと顎を振り、上階を指し示し物陰に消えた。

バターフィールドの部屋は南東側、ヒナの部屋から一番遠い場所にしろという意味だ。

スペンサーは指示に従いバターフィールドを連れて廊下を進んだ。

図書室の前を過ぎる時、それとなく室内に目をやったが、見間違えでなければダンの他、クロフト卿もいた。かなり密着した状態で。

スペンサーは歯ぎしりしながらも、バターフィールドから二人の姿を隠すようにして、図書室の前を通り過ぎた。

ダンとはあとでじっくり、二人きりで、話をしよう。

「ずいぶん重たそうですね」スペンサーは斜め後ろをちょこちょこと付いてくるバターフィールドの旅行鞄に目を留めた。

「そうなんですよ。ちょっと詰め込みすぎたようです」バターフィールドは照れたようにはにかんだ。

「持ちましょう」

「いえ!そんなわけにはいきません」

「別にそんなことは――」

「いえいえ」

というくだらないやりとりを経て、スペンサーはバターフィールドの手から旅行鞄を奪い取った。いちおう、客だ。荷物は俺が持って然るべきだろう。

鞄は見た目通り重かった。いったい、何が入っているんだ?

バターフィールドはヒナとダンのちょうど中間くらいの背丈で(つまりは小柄ということ)、指は枯れ枝のように細く、それこそフォークよりも重いものを持ったことがないのではないのかと疑いたくなるほどだ。

「すみません。重いでしょう?」バターフィールドは恐縮しきりで肩をすぼめた。

スペンサーはその言葉は無視した。部屋に着くまでにある程度、バターフィールドという男を知っておく必要がある。

「ヒナの印象はどうでした?伯爵から探るように言われているのでしょう?」ズバリ切り込んだ。

「探るですって?伯爵は詳細を知りたがっているだけですよ」バターフィールドは呆れて目を丸くし、一笑に付した。「ヒナはここでの暮らしに馴染んでいるようですね」とはぐらかすように言う。

含むところがあるのは明らかだが、これに関しては今のところ肯定も否定もできない。

「田舎暮らしに慣れているのか、適応は早かったですね」当たり障りのない返答で様子をみる。

「わたしも田舎は好きなんです。この際だからのんびりしちゃおうかなぁって」

のんびりだと?

つまり、長期に渡って滞在するとほのめかしているのか?

そうか、わかったぞ。

この男、監視役としてここへ送り込まれたな。そうに違いない。

となると、早急に対策を立てなければ。ダンをいつまでも隠しておくわけにはいかないし、親父にこそこそされるのも鬱陶しくてイライラする。

スペンサーはバターフィールドを部屋に押し込むと、急いで階下へ向かった。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 269 [ヒナ田舎へ行く]

スペンサーとバターフィールドが出て行くと、待ちかねたようにパーシヴァルが書斎に踏み込んできた。後ろにはダンが続き、抜け目ない視線を辺りに走らせながら、スペンサーたちが出て行ったドアを閉めに向かった。

「あ、パーシー。フィフドさん行っちゃったよ」ヒナは振り返って、パーシヴァルの動きを目で追い、向かいの席に座るのを見届けた。

「ヒナったらひどいじゃないか、自分ばっかり。僕のこと、紹介してくれたっていいのにさ。まったく、この子ときたら、僕がいなきゃダンがどうなるか分かっているのかい?」置いてけぼりをくらったパーシヴァルが恨めしげに言う。

「ダンはどうなるの?」ヒナはぞっとした声で聞き返した。

「追い出されちゃうに決まってるだろう」パーシヴァルはチッチと舌を鳴らした。

「やだやだ」ヒナはパーシヴァルのからかいを真に受け、ぶんぶんと頭を振った。

「それでどうでした?バターフィールドさんと話してみて」ダンが戻って来て言った。座ろうとはせず、二人に間にドアに背を向けて立つ。

「いい人、と思う」ヒナはあまり考えることなく印象を述べた。

「それはどうかな?あいつは伯爵のスパイだぞ」パーシヴァルが異議を唱える。

「あ、そうか。フィフドさんはスパイだった」うっかりしてた。

「だからダンは僕の従者ってことにしようと思ってさ。そうすれば、ダンはこれまで通り自由に屋敷をうろつけるだろう?だからこそ、早いところあの男に僕の存在を知らせておかなきゃ」パーシヴァルはダンに向かってにこりとした。タイプではなくとも、信頼は寄せている。ヒナの大事な従者だから。

「では、早々にバターフィールドさんとの会見の場を設ける必要がありますね」ダンはしかつめらしく言い、背後に視線をやった。警戒中だ。

「おなかすいた」ヒナがぽつっと言う。

「実は僕も」とパーシヴァル。

「そういえば、いつもならそろそろ晩餐の時間ですね」ダンは炉棚に置かれた置時計に目をやった。「まあ、僕はエヴァンと下で取ることになりそうですけど」

「フィフドさんがいるから?」ヒナが訊ね、ダンは無言で頷いた。

「ねぇ、ヒナ。ずっと訊きたかったんだけどさ」パーシヴァルは念入りに手入れされた指先を眺め、その隙間からヒナと目を合わせた。

「なぁに、パーシー」

「フィフドって言いにくくないか?」

つづく


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